佐賀地方裁判所 昭和43年(ワ)401号 判決 1971年11月08日
原告
山下初男
ほか一名
被告
森春雄
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告らに対しそれぞれ三〇〇万円及びこれに対する昭和四二年九月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一 訴外山下信博は昭和四二年九月二七日午前七時二〇分ごろ、佐賀県杵島郡江北町八丁バス停留所より北方約五〇〇メートルの国道二〇七号線を自転車に乗つて北進中、対向進行中の被告運転の小型貨物自動車(以下被告車という)が急に中央線を越えて進行して来たので、これを避けようとして路上に転倒したところを被告車に轢過され死亡した。
二 被告は被告車の運行供用者であるから自賠法第三条により右事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。
三(一) 信博は当時一五才の健康な男子で佐賀中央工業高等学校建築科一年に在学中であつたから、一八才で同校を卒業後建築業を営む会社に就職し勤務する筈であつたところ、総理府統計局発行の第一九回日本統計年鑑によれば建設業に雇用されている男子労働者の平均月間収入は五万一、四〇〇円であつたので、生活費を控除しても月間純益は三万円を下ることはなかつたものというべきであり、満五五才まで勤務できた筈であるので右稼働期間の純益総額を基礎としてホフマン方式により求めた現価七七九万一、三三六円の得べかりし利益を失つた。
(二) 信博は右のように前途ある身であるのに非業の死を遂げ、その苦痛を慰謝するには二〇〇万円の支払いを受けるのが相当である。
四 原告両名は信博の父母であり、右信博の死亡によつて三の合計額九七九万一、三三六円の賠償請求権を二分の一(四八九万五、六六八円)宛相続した外、最愛の子を喪つた精神的苦痛を慰謝するため各一〇〇万円宛の慰謝料を請求できる権利を取得した。
五 原告らは自賠責保険金一五〇万円宛を受領したので、これを控除した残額四三九万五、六六八円中各三〇〇万円及び事故の日から完済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払いを求める。と陳述し、
被告の主張事実を争う。〔証拠関係略〕
被告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに敗訴の場合担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁並びに抗弁として、
一 請求原因事実一のうち被告車が急に中央線を越えて進行したこと、信博が転倒した原因が被告車を避けようとしたためであつたこと、被告車が信博を轢過したことは否認しその余は認める、同二、同三、同四は否認し、同五のうち自賠責保険金の支払いの事実は認め、その余は争う。
二 本件事故発生当時本件道路には被告車進行方向からみて右側の端にはたまたま登校中の小学生の一団が対面歩行中であり、一方右側端には信博が友人武富伸晃と各自転車に乗つて対面進行中で他に対向自動車はなかつたので、被告としては特に幼児の多い小学生の集団に注意し、充分の間隔を保つため自車右側車輪が中央線の右にややはみ出し自転車とも一メートル以上の間隔を保つ程度の進路を進行したのであるが、離合直前武富の自転車の車輪と信博のそれとが接触し平衡を失つた信博がいきなり道路中央部分側に倒れたので、被告としては如何ともなし難く被告車の左側部分に信博の頭部が接触して本件のような事故が発生したものである。
自転車の操縦者が老人とか一見して酩酊者と判るような場合はともかく、高校生である場合これと離合する際一メートル以上の間隔を保つて進行する限り被告には何らの過失はなかつたものというべく、本件事故は信博又は武富若しくはその双方の自転車の操縦方法の誤りのみによつて生じたものであり、しかも被告車には構造上も機能上も何らの欠陥はなかつたのであるから、仮に被告がその運行供用者であるとしても賠償責任を負うことはない。
三 仮に被告は何らかの過失は免れないとしても信博の過失は重大であつて賠償額の算定上しんしやくされるべきである。と陳述した。〔証拠関係略〕
理由
一 原告ら主張の日時場所において山下信博が自転車を操縦して進行中転倒したこと、同人が死亡したことは当事者間に争いがない。
二 〔証拠略〕を総合すれば、訴外信博の死因は被告車に轢過されたことによる脳挫滅であること。被告が被告車を所有し自己のため運行の用に供していたものであることが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信できない。
三 そこで被告の免責の主張につき判断する。
(一) 〔証拠略〕を総合すると、事件現場は歩車道の区別のない幅員約七メートルの直線舗装道路で中央線の表示があり見通し良好であること、被告は被告車を時速約五〇キロメートルで運転して南進中であつたが、たまたま登校時刻にあたつており、被告車の進行方向左側端には小学生がほぼ二列(内側の者が道路端から約一メートル位)で三、三、五五対面歩行中であり、一方道路右側には信博が自転車を操縦して、道路右端から約〇・七メートルの進路を、友人である武富伸晃が信博のやや左前方(道路右端から約一・五メートルの進路)を自転車を操縦して対面進行中であり、被告は数一〇メートル手前から右状況を認めたが、他に対面進行中の自動車はなく、自転車を操縦して来るのは高校生であるのに比し、小学生は幼いので急に飛び出して来ることも考えられたので充分の間隔をとる考えの下に、被告車の右側が中央線より約一・三メートル右側にはみ出る進路(したがつて内側を歩行中の小学生との間隔は約二メートル)を進行し、時速四〇キロメートル位に減速して進行したが、武富において被告車の進行して来るのを認めて離合直前、危険を感じて、道路端に寄るべく、急に速度を早めたが、信博の自転車を充分追い抜かないままハンドルを左に切つたため、その自転車の後車輪が信博の自転車の前車輪と接触し、信博は操縦の自由を失つて自転車にまたがつたままの姿勢で道路内側に倒れたので、信博の頭部を被告車が右側後車輪で轢過したことが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 叙上認定に徴すれば、武富が急に信博の自転車の前方に出てハンドルを左に切つたのは、そのままの状態で進行を続ければ被告車と〇・七メートルの間隔で離合することになり、これを危険と感じたからであるが、本件は自転車の追抜きではなく、離合の際の事故であつて、被告としては信博や武富が予め被告車の進行に気付いていると予想できる状況下にあり、しかも被告車は普通貨物自動車であつて、時速も約四〇キロメートルに減速して進行していたこと、信博らが高校生であつたのに比し、道路の他の端を歩行していたのが小学生であつて飛び出し等の危険を予想しなければならない状況にあつたことを考慮に入れれば、被告車が自転車と右の程度の間隔を保つて離合しようとしたこと、時速四〇キロメートルより更に減速しないまま進行を続けたことをもつて強ち被告の過失ということはできず、本件事故は漫然信博の自転車と並進し、しかも離合時の被告車との間隔の予測を誤り、何の予告もなく急に信博の自転車の直近を、その進路を妨げるような方法で横切らうとした武富の過失のみによつて生じたものというのが相当である。
(三) つぎに〔証拠略〕をも併せ考えると、当時被告車には構造上及び機能上の欠陥はなかつたものと認めるのが相当である。
四 以上のとおり本件事故は被告の運行供用にかかる被告車の運行によつて生じた事故ではあるが、自賠法第三条但書の適用のある場合にあたるから被告は右事故によつて生じた損害を賠償する責任はないものというべく、その余の点につき判断するまでもなく本訴請求は失当たるに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九三条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 諸江田鶴雄)